納豆は古来より体に良いと言われてきました。 その納豆のパワーを得られる商品のご紹介
豆腐道
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人気ランキング : 70475位
定価 : ¥ 1,365
販売元 : 新潮社
発売日 : 2004-11-25
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京都の中京に生まれ育って50年になる京都人です。
京都の誇りは、山紫水明の地として古来より豊かな水の存在で、その水を利用しながら様々な伝統を後世に伝えてられてきました。
本書の「森嘉」のお豆腐は、そんな京都の水を元に生まれた京都を代表する名品だと言えましょう。
あのきめ細やかで大豆の味がほんのりと感じられる豆腐は、ご存知のように嵯峨湯豆腐のほとんどの料亭で使用されていることからその美味しさが分かると思います。
嵯峨釈迦堂横のお店には、いつ行っても行列ができており、その名声はますます津々浦々に通っているように思います。本書は、その「森嘉」の5代目当主森井源一さんが「豆腐道」について語られたものを、第1回小学館ノンフィクション大賞を受賞された一志治夫さんが聞き書きしたものです。
「森嘉の歴史」、「豆腐屋の子」、「修業」、「豆腐屋が消えていく時代」、「豆腐は完成されたものか」、「大豆と地球環境」、「石臼の力」、「豆腐と水」、「にがり」と「すまし粉」と各章を読み進めるにつれ、その「豆腐道」という生産者の誇りと豆腐作りの哲学に圧倒される思いがしました。
嵯峨の豆腐の名品の奥深さが理解できましたし、何故多くの料亭や京都に来る観光客が買い求めるのか、その理由も分かった気がします。
素晴らしいお仕事を垣間見させていただきました。
昔はよく豆腐のラッパが聞こえたら急いでボール持って外にでて待っていた。ある時はグローブ片手にボールを追っかけていた時、ラッパが聞こえると お腹がグーとなり みんな家に帰った。夕暮れの普通の風景であった。
だから豆腐は その日に作られてその日に食べるというのがあたり前であった。
しかし、いつからかスーパーで買い、冷蔵庫にしばらくあり 小分けにされた豆腐を食べるようになっている。 便利さと裏腹に旬を忘れかけていた。
旬とは、日本の世界に誇れる文化そのものであり、美でもある。
この本を読んでさらにそう思いました。
ありがとうございました。
京都・嵯峨を訪れる人の多くが心待ちにする食べ物。それが湯豆腐である。数々の店で湯豆腐が客にもてなされている。そしてその店々から絶大な信頼を誇る豆腐屋、それが、嵯峨豆腐「森嘉」だという。「森嘉」は古くからこの地で愛され、現在5代目森井源一氏がその味と伝統を守っている。本書『豆腐道』では、その5代目が、地元はもとより全国から愛される「豆腐」の秘密を語っている。「森嘉」の豆腐には、実に豆腐の概念を一瞬にして覆すほどの本物の味わいと深みがある。至る所で持て囃され、濃厚で甘みが強く数口食べれば満足する豆腐とは性格を異にする。口にした瞬間に溶けて消え、大豆の甘みと旨みが口の中に広がり、もっともっとと欲するような、そんな豆腐なのである。『豆腐道』を読むと、ご主人の真っ直ぐな、ただ真摯な態度に敬意すら感じる。豆腐とはかくも深いものか、と自分が恥ずかしくなる。その語り口は、時に厳しさも感じるが、素朴で穏やかだ。驕りや媚など微塵にも感じられない。「豆腐」作りを想像すれば、こだわりは「水・大豆・温度」位と思っていたが、甘かった。ここまでこだわり抜いてこそ、あの豆腐が生まれるのだと納得した。ご主人はこう語る。「嵯峨の気候風土すべてが味のうち。その土地でその日に作ったものをその日のうちに食べていただく」。物が溢れ、物質的に満たされすぎ、スピードや効率ばかりが物言われる現代日本において、今、この言葉に耳を傾けることが大切なのではないか。そして、巻末「森嘉の真髄」も見事だ。ライター一志氏によるキレのある表現と描写力が、より一層、ご主人の「職人ぶり」と「人となり」を余すところなく伝えてくれる。「森嘉の真髄」で『豆腐道』がさらに引き締まった、そんな感じさえした。森嘉の「豆腐」を味わってから『豆腐道』を読むもよし。『豆腐道』を学んでから森嘉の「豆腐」を頂くもよし。何度でも味わいたくなる、そんな珠玉の一冊。
素朴な語り口で述べられている内容は厳しくもあり温かくもある。宮大工棟梁の西岡常一さんの『木のいのち木のこころ』をちょっと思い出した。
もはや単なる職人話ではなく、農業、気候、水質などの環境といった現代の病んだ部分に関係した話が豆腐と関連づけてなされており、なるほどとうなずかせる説得力がある。人さまの口そして体の中に入るものをきちんとおいしく正しく作ろうという愚直なまでの姿勢は、安易で安全性のないがしろにされた現代社会の食事情において見直されてしかるべきであろう。
豆腐は健康面から消費が伸びているようだが、この本の解説(?)にもあるように、最近の豆腐というのは少し固いものや「おぼろ」状のが多い。「空間プロデューザーの提案で作った一見おしゃれで実は没個性」(←全くだ)のダイニング系居酒屋で出される豆腐も「こってり」としたものが多い。しかしこの森嘉の豆腐は違う。食べたことのある人ならわかると思うが、とても柔らかくて、舌の上でとろけ、喉ごしがいい。なぜかと思ってたら、今流行りの「天然にがり」をあえて使っていないそうで、そのことに関係しているようだ。
健康ブームの影響か「天然にがり使用」と盛んに宣伝している大量生産メーカーが目につく。にがりは何となく体に良いように言われているがちょっと怪しい。「天然」「にがり」という響きがいかにも体に良さそうだが、主成分は塩化マグネシウムだから多く摂れば下痢しやすくなる(下痢すればダイエットにはなるけど)。本によれば、森嘉ではにがりを使わずすまし粉を使う理由はそういうことではないようだが、ともかくきちんと安全性と味を追求した結果として森嘉のような豆腐ができたのだということはよくわかった。
そもそも、天然にがりがどうのと言う前に、大型の工場で大量生産され大型店舗に大量出荷されるような豆腐よりも、この五代目の目の届く(客の目も届く)広さの所で注意を払われ手作業で作られている豆腐のほうが信頼できることは間違いない。わざわざスローフードなどと格好つけて言わずとも、これが本来当り前の食べ物の作られ方のはずだ。
当り前が当り前ではない時代だけに、真っ当な豆腐屋が近所にある嵯峨の人が羨ましい。